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建築雑記 その(2)

2008年09月29日 16:11

設計について
 設計とは「無から、有を生み出す」作業と言っても良い。今回は、住宅の設計について考えてみたい。設計の依頼に来る方も千差万別で、設計図を自分で作られて来る方から、具体的な要望がまだまとまっていない方もある。どちらの場合も依頼者の要望をよく聞いて、自分なりに十分咀嚼(そしゃく)する時間を、締切一杯まで取るようにしている。早い段階で図面やスケッチにすると、自分でもその形に固執して、自由な発想ができなくなるのが嫌で、ぎりぎりまで引き伸ばす。

 設計が、夢の中に出てくる様になると、かなり煮詰まって来たことになる。仕事の夢は、不思議と夢の中でも現実味があり、夢を夢だと認識していて、目覚めても覚えている。夢でヒントを得たことも何度かある。いいアイデアが出ないと逃げ出してしまいたくなるのだが、そこをグッとこらえてアイデアを、あれこれと絞り出す。

 「矛盾の中に答えはある」今までの経験で、経済的制約や、法律上の制限、家族の中での意見の違いを、あれこれと考えていると、あるときポカッと雲間に青空が突然現れるように解決策を見出すことがある。そんな時「設計とは、忍耐だ」と思う。ただ解決策を見つけた時の快感が忘れられなくて、続けているところは、マゾヒスチックでさえある。

 日ごろから、依頼者にお願いしているのは、思いついた事や、気なる記事、写真など広告や、新聞、雑誌などを切り抜いてスクッラプしておくと事。それは、自分の考えをまとめると同時に、打ち合わせの時にお互いの誤解を避けるのに役に立つ。設計は依頼者との共同作業です。情熱が良いもの造る原動力になります。

 時には、プロでは考えられないような依頼者の一言がヒントになって素晴らしい解決策になることもあります。建物は建て主のものです、しかし建物を建てることは街づくりでもあるのです。周囲の環境に注意を払いながらも、その街に良い刺激の与えらる建物を目指しています。その建物で、オーナーだけでなく周囲の人もハッピーに感じてくれたら良いなと思います。




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建築雑記 その(1)

2008年09月22日 11:39

施主について
 施主(せしゅ)は、建築用語では建築主のことを意味します。私はこの言葉に抵抗があって、いつも口に出すのをためらいます。施主とは、読み替えると(ほどこすぬし)です。そこまで考えることは無いと思いますが、私たち建築に従事する人と一般の人では、建築で普通に使用される言葉の常識に違いが有ると感じることがよくあります。

 初めて建築される方、特に自宅の建築に限ってもいいのですが、恐らく初めて聞く言葉に接して戸惑うことも多いと思います。そこで、言葉以外でも仕事を通して感じたことや、気がついたことについて機会を見て言及したいと思います。

 最近では、施主は建築主(けんちくぬし)あるいは建て主(たてぬし)と呼ばれることが多くなっているようです。これも、私の中では、堅苦しい感じで、親しみが感じられません。それでは何が適切かと問われると難しいのですが、建築主は建築の所有者になる人として、オーナーと呼ぶことにします。なぜ呼び方にこだわるかと言うと、言葉は潜在的に人間の関係を定義していると思うからです。

 建築には当然オーナーがいます。そして、建築業者や設計者がいます。設計者が表に出ない場合(住宅に限っては、設計監理で委託される場合が少ない)もありますが、建築を行う場合三者の関係は、対等であるべきだと思います。オーナーは誰しも良い建物を経済的に納得できる値段で手に入れたいと願っているはずです。物造りに嘘は通用しません。間違うとするとそれは技術が未熟だったり、不注意から起きるものです。

 建築において大切なのは信頼です。そして良い物を造ろうとする善意と誠意だと思います。仕事を通して感じることは、建築に従事する人、特に職人さんは仕事が形に残るものなので、良いものを残したいと思っています。設計監理から見るとミスを犯さない様に、十分な注意を払うことは言うまでもないのですが、良い仕事を褒めることも大切です。

 私もオーナーから信頼されて仕事をする時に、誇りと責任を感じます。その結果良いものが出来て褒められたいと思っている自分がいます。皆がそんな気持ちで仕事をすると、必ず良いものができます。そして、建物は完成後の維持管理がとても大切です。その為にも、完成後もオーナーと建築業者、設計者の良い関係を続ていけるように心がけています。




剣道合宿に参加して

2008年09月18日 02:11

年一度の合同稽古
 先週の土曜日、外房の白子で21回目の剣道の合宿に参加した。私がこの剣友会の合宿に参加するのは今回で10回目。日ごろ仕事の関係で、一同に会して稽古する機会がないので、年一度一泊で稽古をする。5年前から東京の剣友会も参加して、今回の参加者は約60名。日ごろ稽古をする機会の無い人と剣を交えるのも新鮮で勉強になる。「交剣知愛」と言う言葉がある。恐らく著名な剣道の先生の言葉だと思うが、剣を交えて人を知り、剣を通して人格を高めるとの意味だそうだ。まさしくこの言葉を地で行く機会で毎年楽しみに参加している。

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稽古前のお互いの挨拶

 私たちの指導者であり剣道の師範は、千葉県剣道連盟の副会長の岡本先生で、日ごろから正しい剣道を目指そうと指導されている。正しい剣道とは何かと問われると答えは難しのだが、剣道はその人の人間性が出る。そこで、剣道の修練を通して人格の向上に努めなければならないのだが、これが難しい。どうしても打ちたい、打たれたくないと思って逃げたり、避けたりしてしまう。その気持ちを克服して、正々堂々と勝負する心が大切なのは十分に分かっているのだが、なかなか出来ない。それを克服するのが修行なのだろう。

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稽古風景

 稽古を終えて、ホテルの屋上の露天風呂で汗を流しそのあと懇親会。この飲み会も修行の内と剣道談義に花を咲かせて話が尽きない。剣道の話になると箸を持ち出して間合いの取り方、技の出し方を箸を竹刀に見立てて熱演するのが常だ。飲み屋で箸を持って熱演している人を見かけたら、多分その人は剣道をしている人と言って間違いない。私はこのところ血糖値が高くて医者に飲み過ぎを注意されているので、いつもの仲間に進められるのを訳を言って断ると、剣道の話より、どうすれば血糖値を下げられるか、それぞれの苦労談を熱く熱く語ってそちらの話しで盛り上がった。それぞれのアドバイスで共通するのは、玉ねぎを食べるのがよいとの結論だった。意外だったのは、皆それぞれに食事に気を付けて節制をしている事だった。早速、帰宅してから実行している。翌朝、朝稽古の後、汗を流しに風呂に入る。屋上の浴室から太平洋を眺めながらゆったりとした時間が過ぎてゆく、稽古の後の朝風呂は至福の一時だ。そして、「来年も元気で参加しよう」と、皆に別れを告げて帰途についた。
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屋上の露天風呂から見る太平洋


ゆりのき台の家新築祝い

2008年09月10日 23:57

 先週の土曜日、午後からゆりのき台の家の完成を祝って、オーナーから工事関係者と友人を招待していただいた。午後の部は、工事関係者と職人さんが招待されたのですが、実は業者とか職人さんは完成を見る機会なかなかないのです。オーナーの挨拶の中で、感謝の言葉と完成した建物に満足されているのを聞いて、招待された皆さんも嬉しかったと思います。

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薪ストーブを前に談笑するゲストの方々。冬に火が入ってこの姿が、また見れるのを楽しみにしています。
 
 夕方からは、三々五々友人のご夫妻の方々も参加して、盛大な新築祝いとなった。今回、大工工事を担当した菊池大工さんも電気工事の江川さんも日ごろは、どちらかと言うと無口なのにとてもご機嫌で楽しそうに話していたのが印象的でした。そして、左官工事と外構工事を担当した渡辺さん、飲めない酒で代わりに息子さんが飲んでいましたが、まるで酒を飲んでいるかのようにご機嫌で、座を和ませてくれてありがとう。私はと言うと、とてもうれしくて、気分がよくてかなりのピッチで飲んでしまい、職人さん達を見送った後くらいから、私の記憶もあいまいになって来て、そのあと皆さんに失礼はなかったか心配だった。ともあれ、オーナーも心から満足していた様子で気の置けない友人たちと、とても楽しそうでした。最後になりましたが、奥さんには朝から手料理の準備と、夜遅くまでの接待本当にお疲れ様でした、そしてありがとう御座いました。

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対面キッチンのカウンターをタイルで仕上げ広く作ったので、料理の準備とサービスにとても便利に使用されていて、当初の希望を実現できてとても好かった。

 
 翌日の日曜日、本当は剣道の稽古があったのだが、前日の酒が抜けきらずとても稽古ができる状態ではなかった。一週間に二回の剣道の稽古と七月に山本周五郎の作品に出合ってから、彼の全作品を読もうと決意した。そこで、週一冊の本を読むことをノルマにしている。これが結構大変で、本来読書とか、スポーツは楽しむためにあると思うのだが、これが出来ないときは、フラストレーションが溜まって、血糖値が上がるようだ。そんな訳で日曜は、曇り空もあって一日中本を読んでいた。周五郎の作品の中に、気が弱くて意思も弱く酒に溺れて失敗したり後悔する人物がよく描かれている。自分の姿にに重ねて、二日酔いの後に周五郎の本はきついと思った。今、テーマ、コレクションで全10巻を読んでいる。そして、終わった時に機会を見て読後感想を書きたいと思う。


我が家の周辺

2008年09月02日 18:21

八千代中央駅風景
東葉高速鉄道が開通して約12年、地下鉄東西線を経由して都心までほぼ40分と、通勤に便利になり近年この沿線は、マンションと住宅建設が盛んにおこなわれて、人口が急激に増加している。
我が家は、八千代中央駅から市役所に向かって徒歩7~8分の場所にある。駅の北側は高層のマンションが建っているのだが、南側はまだ緑が残る。駅前の郵便局を過ぎると、すぐに谷の様に下がった所に公園があり、地形的に広い用地を確保するのが困難で、商業地としての大きな発展は望めそうにない。
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駅前から見たマンションの風景

しかし、市役所までの途中の小路は、ハミングロードと名付けられ、雑木林も残る散策路として整備されていて、犬の散歩には都合がよい。黒柴の小次郎も朝夕、この道を散歩させている。そして、自宅の周辺も静かな環境に恵まれていて、駅に近いとは言え、斎場と霊園があり(駅は後からできたものでこの墓地は昔からある)おまけに、家の前はデーサビスの建物と、老後の心配はしなくて良いのが何よりだ。
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駅前はコンビニと日常雑貨の安売り店、スーパーマーッケトと住宅地の特徴が出ている