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餅つき

2009年01月27日 15:41

 私の所属する剣友会では、新年の恒例の行事として子供達と一緒に餅つきをする。今年も、先週の日曜日が餅つきの日だった。午前中の稽古をいつもより早く切り上げて、団地の集会所の空き地に集合する。到着すると、準備万端、既に二つの臼がつき上がっていた。
 
 毎年、新入会員として入ってくる子供達は、初めての体験に目を輝かせて見つめている。先に大人がある程度お餅をつきあげておく。そこで、代わった子供は、重いキネを持って一所懸命についている。その姿を見て、小さい頃、父や兄がたくましく見えて、自分の非力さを感じながら、懸命に餅をついたことを思い出す。きっと、子供達にとって餅つきは、良い思い出になると思って毎年続けている。
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子供用のキネは、高学年ともなると軽々と振り上げて様になっている!
 
 餅をつき終わると、その餅をお母さん達が、お雑煮や、あんこ餅、きなこ餅として用意し、大人を交えた剣友会の新年会を始める。楽しい食事会の最後に、「今年一年、怪我のないように頑張りましょう」との会長の言葉で終える。

 ここで、剣友会の紹介を少しさせて頂くと、昭和51年、現会長が数名の有志を集めて会を発足させて、今年で33年になる。稽古は小学校の体育館を使用して、週二日、土曜、日曜、其の他に水曜は、自主参加としている。対象は、小学生から中学生で現在約25名の子供達と、大人の指導者が約15名で稽古をしている。

 稽古は、子供達を、初心者(初めて剣道をする子)、初級者(防具をつけて基本ができる子)、中級者(防具をつけて稽古と試合ができる子)に分けて、それぞれに指導者がついて技量に合わせて、基本を中心に指導している。指導の基本は、剣道を通して礼儀を身に着けること、何事にも、積極的に勇気を持って行動できる子を目指して指導している。

 実際は、指導しながら、子供達を鏡として教えられることも多く、いつも元気をもらっている。もし、お子さんやお孫さんで剣道を始めたい方がいれば、いつでも申し込んでください。もろ手を挙げて歓迎します。これからも、時間と体の許す限り、稽古を続けて行こうと新年を迎えて、気持ちを新たにしたとこです。
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「あきらめなければ、目標は逃げない」

2009年01月21日 11:38

 日曜の深夜、偶然、日テレのドキュメント番組を見た。それは、車椅子のサッカー監督、羽中田 昌(はちゅうだ まさし)氏が、監督になるまでの経過を紹介したドキュメントだった。サッカーには、それ程詳しくないので彼のことは、この番組を見るまで知らなかった。簡単にプロフィールを紹介すると、高校時代、全国大会で2年連続準優勝した時のエースとして活躍した。山梨の韮崎高校、中田英寿の10歳くらい先輩になる。当時の彼は、日本サッカー界の期待の星だった。

 そんな彼が高校を卒業後、交通事故で脊椎を損傷し、車いす生活を余儀なくされた。まさに奈落の底に突き落とされた思いだったろう。そして、紆余曲折の後、高校時代の同級生のまゆみさんと結婚する。その後も、サッカーへの夢を捨てきれず、コーチの勉強をしようとスペインに渡り、バルセロナのコーチ養成学校に入学しようとするのだが断られる。

 それまでも、幾つもの挫折を乗り越えてきたのだが、その時の落胆の様子は今までにないほど大きかったそうだ。その様子を見かねた、まゆにさんは「あきらめなければ、目標は逃げない」と励ます。それは彼女の心の叫でもあったのだろう。羽中田さんは、その言葉に勇気を得て、その後2人で力を合わせて、5年間バルセロナでサッカーの勉強を続けて帰国。

 その後、困難に直面するたびに、その言葉を支えに血の出るような努力をして、コーチの資格としては、国内で最高のS級の資格を取得する。夢は、空に浮かぶ雲のようで手に取ることはできないが、見上げ続ける価値はある。しかし、夢を夢で終わらさないためには、「あきらめなければ、目標は逃げない」との言葉に、実現可能な目標を掲げて、一段ずつ登って行くことの大切さを教えられた。

 昨年、四国地域リーグのカマターレ讃岐の監督として招かれて優勝する。彼は、夢の途中、今日も目標を掲げながら、もっと大きな夢に向かって前進し続けている。詳しいことは、カマターレ讃岐のホームページと羽中田さんのブログを見て頂きたい。

 話は変わるのだが、最近、実に面白いブログを見つけた。それは元プロボクサーの竹原慎二さんの「ボコボコ相談室」サラリーマンの悩みの相談に答えているのだが、タイトル名の通り、乱暴な言葉で、ボロクソに言っているのだが、その裏に何とかしてやろうと思う愛情が感じられて好感が持てる。
 
 回答は結構マトを得ていて、核心をついた指摘に時には笑えるのだが、相談者に共通して言えることは、相談する友人がいないようで、自分のことを棚に上げて社会や人を逆恨みしているところがある。そこには、うっせきした気分が充満していて危険な匂いもする。何か社会の受け皿が必要だと思うが、せめて羽中田さんのブログを見て、彼の生きざまを知れば、自分の可能性に気が付くと思うのだが!!!

住まいの知恵袋 (1)

2009年01月18日 10:00

 昨年の6月に、事務所のホームページを作成したのだが、作ったことで満足してあまりメンテナンスをしていなかった。今年はもっと見やすくスマートなホームページを目指して制作中。ブログでも、仕事を通して得た知識を、家づくりのアイデアやヒントとして書いてみたいと思う。

住まいづくりで何が大切か。
 最初に、住まいとは何かと考えると、単に部屋を造ることではなくて、家族生活の入れ物を造ることだ。家族が安全に安心して生活でき、家族全員のコンセンサスを形にすることだとも言える。それは同時に、家族それぞれがどのような生活を送りたいか、これからどのような生活をしたいのか、自分たちのポリシーを明確にすることから始まる。

 住まいは造ってからの維持、管理が大切だ。そこで、計画の段階から、メンテナンスが簡単で、光熱費を少なくする省エネルギー住宅を目指す。その為には、最初のコストは掛かっても、長期的に見ると経費が少なくなることを検討することも大切だ。住まいは定期的に手入れをすると、費用も少なくて長持ちする。せめてローンを払い終えるまでは、安心して住めるようにしたい。

 家族の構成も年と共に変化することも考慮して、子供が小さいうちは、出来るだけ部屋を区切らないようにして、変化に対応出来るように、構造も考慮しておくと改装が楽にでき費用も少なくて済む。住宅設備も、日進月歩で進化して行くので、交換が簡単にできるようにしておくと良い。設備にも簡単に交換できるものと、そうでないものがある。床暖房は暖房として優れているので最初に設置したい。後での設置となると床の仕上げや、高さの調整に思いがけなく費用がかかる。

 極論すれば、エアコンは後でも設置できるので、一年を通して不都合なら取り付けるくらいに考えても良い。ただし、設置可能なようにエアコン用のコンセントは設置しておく。後で設置しにくい物に、屋根に取り付ける開閉式のトップライトも優れものだ。設置する場所によって明かり採りと、新鮮な空気の交換として冷房の代わりにもなる。

 このように、住まいづくりには、間取りと、かっこの良いデザインだけに目を向けるのではなく、色々な角度から建築前に検討することが沢山ある。そして、家族全員で十分話し合うこと、それを通して家族のコミュニュケーションを計り、お互いの希望を確認することが最も大切だ。

映画「おくりびと」

2009年01月12日 18:25

「おくりびと」
 昨年見た映画の中で一番印象に残ったのが、「おくりびと」だった。昨年末には日本アカデミー賞13部門で賞を獲得したのも納得が出来る。この映画を通して初めて「納棺師」〔のうかんし〕と言う名前と仕事を知った。これは、簡単に言うと「遺体を清めて棺に納める仕事」。

 主人公、小林大悟をモックンこと本木雅弘、妻役を末広涼子が演じている。大悟は、東京でオーケストラのチェロ奏者をしていたが、楽団の解散で演奏家への道をあきらめて、妻と一緒に故郷の山形に戻ってくる。職を求めて求人広告の「旅のお手伝い」をみて旅行代理店と思い応募するのだが、そこが納棺をする仕事だった。始めは戸惑いと抵抗を感じながらも、山崎勉演じる佐々木社長の仕事ぶりや、様々な葬儀を経験しながらプロとしての仕事に生きがいを感じるようになって行く。

 映画の中で、大悟役の本木雅弘が、納棺の所作を美しくも見事に演じている。また、色々な感情を目の表情で演じることができるのに感心した。山崎努は、いるだけで存在感があり、この映画を引き締めている。誰しも、死は避けて通ることが出来ない事は分かっていても、葬儀をテーマにすると重苦しくなりそうなのだが、この映画は、色々な別れを通して生きることの大切さ、他人に対する思いやり、身近な者への愛情を考えさせられて、映画を観終わった後もしばらく席が立てなくて、色々な場面を振り返りながら、何か温かくて、やさしい気持を思い起こさせてくれた。

 20数年以上前になるが、事務所を辞めてこれからどうするか迷っていた時、友人の紹介で山形の鶴岡の神社で一週間ほど過ごしたことがある。その神社は、友人の父親が創建して鶴岡駅からも見える大鳥居をもった立派な神社だった。毎日、遠くからバスを連ねて大勢の信者さんが参拝に来る。本殿では、家内安全、病気除けを祈念して一時間近く熱心に祝詞をあげる。祝詞が終わると、本殿の後ろに設けられた、キリスト教の懺悔の部屋のようなところで、悩みの相談に答えていた。山形には、出羽三山と言って、月山、羽黒山、湯殿山があって、山岳信仰が昔から盛んな土地柄で、生活の一部として信仰が根付いているのに驚きと同時に感心した経験がある。
 
 この映画では、庄内平野と、遠くに出羽三山を望む美しい四季を背景に、主人公の演奏するチェロの音が効果的に使われていて、自宅で葬儀を行う納棺師の仕事がストーリーとして自然に受け入れられる。都会では、住宅事情もあって、自宅で葬儀を出すことも稀になってきたのだが、便利になったことで見失いそうな、人の繋がりの大切さを思い出させてくれる映画だった。

新年を迎えて

2009年01月05日 09:50

 明けましておめでとう御座います。皆様にとって、幸多き年でありますように祈念しています。
昨年の大晦日、松戸の医王寺で年越しをすることが出来た。小川住職さんのご厚意に甘えてお邪魔したのだが、快く迎えて頂き親族と檀家さんに交じって、本堂で年越しの読経を拝聴した。それは、零時15分前から約40分、ご子息と一緒に唱和されているのを聞いているうちに、なぜか心が鎮まって有難い気持ちになってくる。
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一人ずつ今年の願い事をお祈りする。

 読経の続く中、一人ずつご本尊の前に出て、今年一年の願い事をお祈りした。初めての経験でとても贅沢で貴重な経験をすることが出来た。そのあと座敷に場所を移して、御住職手打ちのソバと、お節料理をご馳走になった。料理の美味しさと共に、もてなしの心使いがとても嬉しかった。本当にありがとうございました。お陰さまで、良い一年になりそうです。

 
 正月には、鹿島神宮に初詣に行って、今年も元気で剣道が続けられるように祈念して来た。佐倉の道場で、古流の法定(ほうじょう)の型を習っているのだが、正式には鹿島神伝直心陰流法定之型と言って、鹿島神宮に由来する。当日境内で、この型の演武を見学することが出来、気持ちも新たに今年も続け様と思う。
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境内で法定の型を演武

 帰りに少し遠回りをして、筑波山に登る。登ると言っても車で山腹の駐車場まで行き、そこから遠くは霞ヶ浦から鹿島灘まで望むことが出来、筑波平野には所々で野焼きの煙が立ってのどかな景色が遠望できる。夕方、関東平野に沈む夕日を眺めて気分良く帰宅。

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筑波山から見る夕日
 
 3日には、知人の家族を招待して年始のお祝いをする。小次郎が子犬のころから可愛がってくれているので、とてもなついていて最大の歓迎の思いを体一杯で表現していた。その夜、犬も夢を見るようで、寝言でワン、ワンと吠えている。たぶん昼間のことを思い出しているのだろう。今年も小次郎に癒されながら、元気をもらって頑張ろうと思う。
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お気に入りのぬいぐるみと一緒に、何を夢見るのか小次郎?



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