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大晦日

2009年12月30日 02:30

 今年も残り僅か、一年の過ぎるのが本当に早く感じられる。日本には四季があって、清少納言が四季の美しさを枕草子でつづったように、春は桜、夏はホタル、秋は紅葉、冬は雪と四季の移り変りを身近に感じながら過ごすので、時の過ぎるのが早く感じられる。師走の大晦日に木枯らしの吹く中で除夜の鐘を聞くのも良い。特に雪が降って、夜目にも白く浮かぶ雪景色の中で聞く除夜の鐘を遠くで聞くのも情緒がある。

 一夜明けての初詣は神社が良い。日頃信心深くない人も、正月三が日には何処かの神社か、お寺に初詣に行き一年の健康と安全やそれぞれの思いを祈願する。日本人は、神社とお寺を時と場所によってうまく使い分けているようだ。神社は、八百万(ヤオヨロズ)の神を祭る所として、自然崇拝に根差した感情に支えられている。一方、お寺は、仏教としてインドから伝来し、教学として人間の理性に訴えて人の行動の規範になっているところがある。そこで、楽しいこと目出度いことは、人間の根源的な感情の表現の場所として神社が支持されるのだと思う。

 一方、一年の終わりの懺悔や厄落としの場所としてお寺が選ばれるのは自然な成り行きだろう。除夜の鐘は、人間の百八つの煩悩を流してくれると言うので、一年の終わりに相応しい行事として支持されるのも頷ける。一年の過ぎるのは早い。一年も一生も突き詰めれば、一瞬の積み重ねでしかない。

 以前、ドイツ人と三カ月ほど一緒に仕事をしたことがある。学生時代に第二語学としてドイツ語を学んだことがあるが、片言の会話ができる程度だったが他にドイツ語ができる人が居なかったので、辞書を片手に通訳をした。「習うより慣れろ」とは良く言ったもので、一月もすると一応の用事はドイツ語でこなせるようになった。その間に、文化の違いを経験した。

 その中でも印象的だったのは、一瞬と言うことを、ドイツ語でも(アウゲンブッリク)と言って、アウゲは目、ブリックは瞬き、と言う意味で一瞬とはドイツ人も瞬きの間と思うらしい。一瞬は、もちろん中国から渡来した言葉であり中国人も一瞬とは、瞬きをする間と感じていて時間の感じ方としては、人種を超えて共通するとこがある。

 しかし、ドイツ語で一番驚くのは、数の数え方だ。20以上になると1と20と後ろから数える。ちなみに21は、(アイン、ウント、ツバンッヒ)アインは1、ウントは英語で言うアンド、ツバンッヒは20。合理的と思っていたドイツ人が、数字を後ろから読むとはどのような思考回路をしているのか不思議に思った。またその時の経験で、日常会話では、文法どうりに話をしないと言うことに気がついた。

 子供が言葉を覚えるように最初から言葉は、文法どうり正しくしゃべる必要が無いと思った時に、それまで持っていた語学に対するコンプレックスは無くなって気楽に話が出来るようになった。大げさなようだが、言葉を学ぶことは、その国の文化を学ぶことでとても楽しい。たとえば、英語で(アイ、ラブ、ユウー)と言う、ドイツ語では(イッヒ、リーベ、デッヒ)中国語では、(ウオー、アイ、ニー)と文法的には、主語+動詞+目的語の順になる。

 このことは、中国人は、漢字において大先輩であるが、思考回路はヨーロッパ人と同質のように思われる。容姿や文化は日本人と同質のように見えるが、思考においてはヨーロッパやアメリカ人に近いと思った方が中国人を理解出来そうだ。言葉は身につけると、とても便利な道具で旅行の時など特に役に立つ。ただし、言葉を道具とだけ考えるのではなく文化の代名詞と考えた方が面白い。

 来年は、ボケ防止のために英会話を学び、体の老化防止のために剣道を続けることで、楽しみながら頭と体の訓練を続けたいと思う。幾つになっても「少年老い易く学成り難し」の気持ちを忘れないように時間を大切に過ごしたいと思う。今年も残り僅かになりました。謹んで皆さんのご多幸と新年が良い年でありますように祈念しています。そして、今年一年お世話になった方々に深く感謝します。来年もご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。


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不惑について考える

2009年12月15日 17:21

人生八十年

 今年も残り少なくなって、ついこの前、正月を祝ったような気がするが、歳と共に時間の過ぎる速さにただ、唖然とするばかりだ。今年は、地球温暖化のせいか、師走だと言うのに木枯らしも吹かず、世間は不況のせいか年の瀬の気忙しさや活気が感じられない。いつの間にか齢を重ね、思えば遠くに来たものだと、道端に腰を降ろして空を見上げる気分だ。

 前にも書いたが、「剣と禅のこころ」の著書で佐江衆一と言う作家を知った。それ以後、順番を決めず、気のおもむくままに手当たり次第に読んでいる。この作家の著書が60冊ほどある中で、市の図書館に44冊収蔵されている。その中の半分ほど読みを終えた。つい先日も「不惑。人生の元気力」と言う本を読んだ。今日はその読後感について書いてみたい。

 孔子の論語の一節は、誰もが一度くらい耳にしたことがあると思う。孔子は、紀元前六世紀中国の魯の国に生まれ74歳で生涯を閉じる。約2500年前の人としては長寿であった。
論語の中で一生の区切りを短い文章で表した有名な一節がある。以下の言葉は聞いたことがあると思うが再度確認のために記すと
 
 われ十有五にして学に志す
 三十にして立つ
 四十にして惑わず
 五十にして天命を知る
 六十にして耳順(みみにしたがう)
 七十にして心の欲するところに従いて矩(のり)をこえず。

 孔子の言葉に従うと四十歳を「不惑」(ふわく)とした。平均寿命が八十歳の現代では、もちろん人によって違うが随分長寿になったと思う。現在に置き換えると五十歳後半だろうが、私は五十過ぎてもまだ人生に迷いが沢山あって「不惑」とはとても言えない。これからの人生をどう送ろうか迷いの連続だ。

 そのような時に、六十過ぎてからの人生の送り方を考えさせられたのが「不惑。人生の元気力」だ。佐江さんは、65歳でこの本を書いて1934年生まれだから、今年75歳になられる。50歳で剣道を始めて60過ぎて五段まで取られた。60過ぎて英会話の勉強を始めて留学までして英語の勉強をしている。何歳になっても衰えることのない向学心は見習いたいものだ。

 彼は、五年ごとに目標を立てて何かをやり遂げる大切さをこの本で語りまた実践している。その意思の強さには、感服させられる。彼の書いた本を順序構わずに読んで来て、今それぞれの本が関連づけられて面白い。それは、彼の中でこんな本を書こうと、長年温めてきた構想があったことがこの本を読んで解った。

 この本は約10年前65歳で書いたもので、その後の作品で10年間構想を温めていたと言う「クイーンズ海流」1999年作、「士魂商才」2004年作と長編の大作を書き上げている。65歳過ぎても創作意欲が衰えていないことを実証している。

 これからの長寿社会を考えるとき、社会と関わりを持ちながら、趣味を生かして人との交流を持ち続けるためには、準備が必要だと思う。会社人間なら第二の人生、地域の人達と交流を持って生きるためには、一度肩書きをスパッと捨てなければならない。私は、15年前に剣道を再開してから、本当に沢山の人と触れ合うことが出来たし、これからも交流の輪は広がって行くだろう。

 同じ趣味を持つ人との出会いには、沢山の説明や言葉はいらない。年齢を重ねるごとに、段々頑固になって、融通の利かない人間にならない様、絶えずわが身を振り返っていないと、回りから浮いた存在になってしまう。今年も残り少なくなったが、今できることに感謝しながら、精いっぱいに生きることがとても幸せなことだと思えるようになった。周りの人や仕事に、日々感謝の念を持って接するようにしたいと思う。「日々是好日」