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秋は剣道の季節

2010年11月01日 16:14

10月は、大会が目白押し

 この夏は、猛暑で剣道の稽古はきつかった。お盆の三日間、山梨の石和温泉でOBとして大学の合宿に参加して、息子より若い学生と稽古に汗を流した。

 石和温泉は、剣道部の先輩が経営するホテルに宿泊し、毎年、春夏の年2回、ホテルの近くの町民体育館で、合宿を行っている。山梨は盆地で夏は特に蒸し暑く、午後の稽古の時間は風も吹かないので、じっとしているだけでも汗が出る。
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県立山梨武道館入口で、師範、先輩と記念写真

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山梨武道館は、伝統とモダンが調和して素晴らしい。

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武道室は二階にあり、ガラス張りの吹き抜け階段を上る。 
 稽古が始まると、防具をつけてサウナの中で運動しているようなものだ。剣道の防具と道着を合わせると約10キロあり、稽古が終ると1キロは汗となって出る。しかし、きつい稽古を終えて面を取った時の爽快感、達成感は、何物にも代えがたいものがあってやめられない。

 秋は、稽古に最適な季節で適度な汗をかき、疲れもそれ程感じない。10月は、夏の稽古の成果を発表する意味でも、あちこちで試合や大会がある。私の所属する剣友会も今年で34年、毎年秋に記念の大会を開く。34年前に団地の中で産声を上げたクラブでその当時は会員数も100名を超えていたとか、現在は団地の高齢化に反比例して子供達の人数が極端に減って、団地以外の近所から来る子供達を含めても15名前後と寂しい気はするが、それなりに頑張っている子供達が居るのは嬉しいことだ。

 我が剣友会は、小学生を対象に、卒業した中学生も週2回の稽古に通ってくるのだが、近くの中学校では、部員がいなくて剣道部が無い。やはり、サッカーや野球に人気があって剣道では部員がそろわないのが現実だ。

 剣道の組織は、全国に剣友会と呼ばれるクラブがあり、ほとんどが剣道経験者や有段者の指導者によるボランテアの協力で運営されている。市町村の単位を下部組織としてその上に都道府県の組織があり、その頂点に全日本剣道連盟がありピラミッド状の組織になっている。

 剣道を続ける理由の一つとして、昇段審査を受けて段位を取得するのを励みにする人が大勢いる。昇段審査の仕組みは、初段から三段までを各市町村の剣道連盟が審査をし、三段から五段までを各都道府県で審査する。そして、六段から八段までを全日本剣道連盟が審査する。年間に受審出来る回数は、条件によって少し違いがあるが、年二回チャンスがある。

 段位を、政治に例えてみると、初段から三段までを市会議員、四、五段は県会議員、六段から八段までが国会議員と言える。現在は九段以上の審査はない。この中でも八段は特別な位で、毎回1、500名程度が受審して合格者はわずか10名から15名、合格率は、僅か1パーセント前後の超難関である。

 受審者は、プロ、アマ、男女の区別なく同じ条件で2名と対戦し、試合時間は1分30秒から2分の間で試合をして審査員の先生が判断する。六段、七段も合格率、10パーセントから15パーセントと、これもなかなかの難関である。各段位とも経験年数の制限があり、八段では最年少で46歳から受審出来る。

 私から見ると、八段は、神の領域だと思う。幼少期から厳しい稽古に耐え、社会人になってからもプロとして稽古を続けた、ごく一握りの人しか手にすることが出来ない段位だと思う。ここで言うプロとは、剣道を通して収入を得る人で、特別に選ばれた警察官や大学、高校、中学で剣道を教える先生など、十分な稽古時間が確保出来、かつ才能があり、努力を続けた人に与えられる称号だと思う。武士が台頭した時代の、宮本武蔵の二刀流、江戸末期の北辰一刀流の千葉周作の様な各流派の開祖の人のようだと思う。

 野球やサッカーなどでは、プロと気軽に練習出来る機会はほとんどないと思うが剣道の世界では、その気になりさえすれば色々な機会がある。たとえば、毎月一回、日本武道館で誰でも無料で稽古会に参加出来る。そこには、全日本選手権で活躍された著名な先生や現役選手がいて、積極的に申し込めば誰とでも稽古が出来る。

 しかし、現実は、我々のような一般の剣道愛好家によって、その底辺が支えられている。どのスポーツでも言えるのは、その競技の質の高さは、その競技人口がどれだけ多いかによる、即ちそのスポーツ人口の底辺の広さがその競技の質を高めることになると思う。

 残念ながら剣道は、国民的人気が無くてマイナーな競技だと思う。しかし、剣道の特徴は、竹刀を通して相手と対峙する為、年齢、性別に関係なく競技出来るところにある。それによって、体力、年齢に合わせて何歳になっても稽古が出来るところが良い。
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市民大会、試合前の練習風景 

 10月は、毎週日曜日に色々な大会があった。10日は、剣友会の周年記念大会、17日には市民大会があり、朝から夕方まで一日審判をした。午前中は小、中学生の団体戦。午後から、高校生、一般の団体戦の審判をして感じたことだが、どの試合も真剣勝負で必死に戦っている。そこで、審判の判断を間違えると、大げさに言って、その人の剣道人生さえ変えてしまいかねない責任がある。一日を終えて帰宅すると、口も聞きたくないくらい疲れを感じた。
 
 翌週の日曜、24日は、母校の大学が幹事校となって開催する関東理工系の新人選が千葉大の体育館をお借りして開催された。私達が学生のころは、20校程の参加校だったのが、今年で44回を迎える今大会の参加校は38校とほぼ倍増、関東と言っても遠くは群馬大学、宇都宮大学、山梨大学などが参加している。現役のころ、防衛大学が幹事校の時は横須賀まで行くので、朝4時起きして出かけたのを思い出す。

 30何年に、一度廻ってくる幹事校は大変だ。母校の学生も、今年5月から稽古の合間を見て大会の準備をしていた。大会前日も夜遅くまで準備し、当日も他校が準備運動をしている時も、まだ学生服で受け付けや、校内の案内、掲示の準備に追われていた。OBとしても出来るだけの協力をするために、本校から審判員として5名参加し、私もその中の一人だった。今回は、日頃一緒に稽古をし、指導していただいている、千葉市剣道連盟や、千葉県警の先生方に審判として協力していただいた。

 試合会場は6コートに分かれ、私は第2コートの担当になった。コート主任が一人、審判員6名で構成される。試合が始まると3名の審判で試合を判定する。一人が主審と呼ばれ他の二人が副審として赤、白の判定で決める。勝負は3本勝負で2本を取った方を勝者とする。勝負は一瞬のことなので目、耳と全神経を集中して判断しなければならないので少しの油断も許されない。特に若い学生の動きは速いので本当に集中が大切だ。従って、2試合を終わると主審を交代し、6試合で次の審判と交代する。試合は3分、6試合を担当するので約18分の集中を必要とする。
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理工系新人戦、決勝戦の模様
 
 今回、偶然にも第二試合会場の第二試合が母校の試合で私の担当だった。より判断に慎重にならなければならなかった。試合は接戦だったが、試合に集中して判定をした結果、他の審判と違いが無く判定が出来たと思う。OBも見に来ていたが、試合後、特にクレームも無くホットしたのだが、残念ながら試合は、接戦で負けたが良い経験になった。
 
 大会は、午前10時から始まって、午後4時半に終了した。大会は、少しの手違はあったが、全体として大過なく終了したので本当に良かったとい思う。大会を終えて体育館を出るころには、辺りは暗くなり小雨も降り始めてきた。生憎、傘を持っていなかったのでプログラムで雨を避けながら駅に向かった。そして、緊張感から解放されて、疲れを感じながらも充足感を胸に、電車に揺られながら帰途に着いた。

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